2024年鍋島献上窯焚き様子
窯入れ10月4日
窯焚き 10月5日〜6日
窯出し10月14日
11月21日に大阪城へ献上
この窯焚きで焼いた瓶子は2024年11月21日 大阪城へ献上いたします
今回の窯焚きで焼いたぐい呑みは11月1日の鍋島藩窯秋まつりで販売いたします
登窯で焼いた焼き物は大変貴重な商品です
2024年伊万里秋祭り
日本三大喧嘩祭り
「いまりトンテントン」
2024年10月25日日〜27日に行われました
伊萬里神社の御神幸祭で、市内の数ヶ所で統制のとれた勇壮な合戦を繰り広げます。 ねじり鉢巻姿の血気盛んな伊万里っ子たちによって担ぎ出される「荒神輿」と「団車」が、「トン・テン・トン」と打ち鳴らす太鼓を合図に、双方激突し組み合う壮烈な喧嘩祭りは、全国でも類を見ないものです。
森永製菓本社社屋完成お祝い
瓶子を伊万里市から寄贈
2024年5月15日(水)東京都港区芝浦 森永製菓株式会社本社ビルにて
森永製菓創業者の森永太一郎氏の生誕の地である伊万里市、森永製菓様は伊万里市の腰岳で育った杉の木を200本使い森永製菓本社ビルが完成したお祝いに、伊万里市から鍋島焼の瓶子が寄贈されました。 伊万里市長をはじめ市の職員と大川内の鍋島焼協同組合のメンバーで寄贈式に行きました。
鍋島献上の儀
「タイ王室献上」タイ王国(バンコク)2024年2月2日(木)
伊万里大川内山 秋の窯元まつり「奉納式」
2024年11月4日(月)に秋の窯元まつり「奉納式」が行われました
献上窯焚きの登り窯で焼かれた壺に上絵付けを施し、10月末に仕上がった「大阪城献上の瓶子」を大川内山の中腹にある「日峰神社」へ奉納を行いました。
伊万里神社様から宮司に来ていただき、日頃、窯元の職人達が手がけている作品が順調に仕上がっている事への感謝と大川内山の窯元の繁栄を祈願いたしました。
伊万里大川内山 秋の窯元まつり「筆供養」
2024年11月4日(木)に秋の窯元まつり「筆供養」が行われました
窯元では、絵付けに使う筆で使い古したものを、秋の窯元祭りの11月4日に感謝を込めて「筆供養」を行います。
筆は動物や植物の命を頂いて筆を作ります、尊い命に感謝して使いふりされた筆の供養を毎年行っています。
伊万里鍋島焼協同組合窯元のご紹介
年間イベント情報
大川内山歴史散策
文化財としての大川内山
大川内山の歴史
大川内山は江戸時代、佐賀藩(鍋島家)の御用窯(ごようがま)が置かれた地で、朝廷・将軍家・諸大名などへ献上する高品位な焼物が焼かれていました。これが今に伝わる「鍋島焼き」です。
17世紀から19世紀にかけて、佐賀藩(鍋島藩)において藩直営の窯が伊万里大川内山にありました。
高度の技術を持つ陶工達を集め、関所を置いてその技術が他に漏れないようにするため、立地的に三方を険しい山で囲われ、開口部に関所を設置することで技術を守るに相応しい場所が伊万里大川内であった理由という訳です。
佐賀藩の支配下にあった肥前国有田・伊万里(佐賀県有田町、同県伊万里市)は日本における磁器の代表的な産地として知られるが、その中で大川内山(おおかわちやま、佐賀県伊万里市南部)にあった藩直営の窯では藩主の所用品や将軍家・諸大名への献上品などの高級品をもっぱら焼造していた。
これを近代以降「鍋島焼」または単に「鍋島」と呼んだ(伊万里焼の一様式と位置付け、「鍋島様式」と呼称する場合もある)。鍋島焼の伝統は1871年(明治4年)の廃藩置県でいったん途絶えたが、その技法は今泉今右衛門家によって近代工芸として復興され、21世紀に至っている。
大川内山見て歩き
大川内山は狭い谷間に、窯元や藩窯公園があり、一巡して楽しめます。
景色は山水画のような奇岩と窯場の煙が、四季を通じて秘窯の里ならではの演出をしてくれますが、雨上がりの霧の中に見ると感激です。また、焼物に描かれている色々な花や草木が、藩窯公園の中に植えられていたり、青螺山には昔のままの自然の中で、小鳥が囀っています。
周辺施設のご案内
伊万里・有田焼伝統産業会館
■ロクロ技術研修
陶磁器の成形を行う技術を研修
■絵付技術研修
成形されたものに、色をつける技術を研修
ご利用案内
開館時間 午前9時~午後5時
休館日 年末年始(12月29日~1月3日)
観閲料 無料(特別展を除く)
お問合せ:0955-22-6333